Vol.1

フリーキャリアコンサルタント

前日の夜。次の日の仕事の開始時間と場所を確認して携帯のアラームをセット。H氏の毎晩の日課である。

フリーのキャリアコンサルタントとしての働き方になって6年目、この仕事が社会人生活で最も長くなったと語る。

中学時代に音楽と出会い、大学では音響を専攻。当時は、誰かの相談に乗る仕事をするなど全く頭になかったとのこと。

「音楽はもちろん大好きで、それ以外の仕事なんて考えてもいませんでした。でも、学生の時に東京のスタジオに見学に行った時、あまりの人が多くて。ここでは生活できない!って思ったんです。」

大都会で下積みをしながら働く姿は想像出来ず、自分で小さなライブハウスでも作ろうかと、物件を探し歩いたこともあったのだと。

「浅はかですよね、資金も無いのに、いきなり『ここでライブハウスやらせてください!』なんて。でも、この頃から、自分でやりたいって想いはありました。それが何かは分からなかったですけど。」

大学を出た後に、もう一度就職活動をやり直したH氏。最初に就いた仕事は、短期契約でホームページを作る仕事であった。

「デザインは関心があって、大学の頃に本をよく読んでいました。サイトも少し作ったことはあったのですが、ほぼ素人です。面接で『できます!』って言ってから、急いで本を買いに行って。でも、自分で考えたことを形にするのは楽しかったですよ。」

しかし、契約は3ヶ月。その間に次の職場を探しながらの毎日が続くと思いきや、中堅工場の総合職が決定した。0スタートで飛び込むのも有りかと、あえて縁もゆかりもない製紙工場を受けたのだとか。

「1週間経たずに嫌になっていました。何が面白いんだろうって。でも、これまでやりたいようにやってきたから、続けなきゃと言う考えもあり、とりあえず目の前のことくらいできるようになろうかなと。」

最近に就いた部署は生産管理。工場の生産現場の進捗を管理する仕事から始まり、半年後に物流管理の仕事を任せられた。同じく物流管理に配属された先輩。2人とも未経験の仕事を手探りで覚えていった。

「初めて仕事を楽しいと感じた時期でしたね。何をするかと言うよりも、誰とするかって結構自分にとって大きいんだなと気づきました。また、ある程度知識も増えていたので、色々と話が通じるようになり、自分でコントロールできる部分も増えていました。」

そんな頃、業務が子会社へ委託されることが決まり、部署ごと出向に。この異動が、H氏にとって大きな転機になった。入社後、3年目に入った頃である。

業務内容は大きくは変わらなかったが、幅は増えた。日常のルーティンを回すだけでなく、業務の効率化や小集団活動、新人の育成などを任されるように。また、この頃は、PCもかなり使えるようになっていたため、新しい物流管理システムの設計から導入、運用にも関わったとか。

「自分が身につけた力を認めて任されるっていうのは、悪く無かったです。でも毎日同じルーティンの繰り返しはキツかった…変化がないとダメでしたね。何のための、誰のための仕事かわからなくなっていました。」

ある時、職場で同年代の方が事故で亡くなってしまう。大きな衝撃を受けるとともに、仕事というモノ、働くというコト、生きるというコトについて真剣に向き合わざるを得なくなった。

人は何のために働くのか、自分はどうなのか。このままでいいのか。

「職場と家の往復だけの毎日で、自分が社会から取り残されている感じでした。そんな時、会社で図書カードをもらい、本屋に行って。そして『勉強しよう』って思ったというか、閃いたというか。今考えると、何か目指すものが欲しかったんだと思います。」

簿記、会計、法務、知的財産など、ビジネスに必要そうな勉強を始めた。そしてメンタルヘルスという言葉と出会ったのだという。

「職場でのこともあり、知っておきたい分野だと思いました。その勉強をする中で、働く人の相談を受ける仕事があると知り、キャリアコンサルタントにたどり着きました。ただ、最初はよくわかっておらず、もう少し心理寄りに関わりたいと考えていましたね。それで産業カウンセラーの資格を取得しに講座に通う事にしました。」

公的機関で働く方や他の企業で人事をしている方、福祉関係の仕事に就く方など、これまで会ったことが無い職業の人たちとの出会い。これを機に、職場のコミュニティしか無かったH氏の人間関係が大きく変化し、現職種につながる道が続いていくのであった。

資格の試験が終わり、本格的に転職を考えたH氏は、人材業界キャリアコンサルタントの求人を探し応募をはじめる。しかし、書類は返信されるばかりで面接すらしてもらえない状態。

「甘く見ていました。自分の方向性もよくわかっておらず、経験も無いのに資格だけで通用すると思っていたんですね。今は良い経験だったと捉えられますが、当時は悲惨でした。20社程は送り返されましたから。その時、初めて相談に行ってみました。」

相談をする側の気持ちを初めて体験したのだ。自分が考えていること、思っていることを伝え整理した結果、企業の人事職という選択肢もあるのではという結論に至った。先が見えた嬉しさは今でも覚えているという。

その先は早かった。求人を見つけ、応募した1社目で人事職へ転職が決定。新しい職場、新しい職種での社会人生活のスタートだった。

人事では、まず安全衛生面の組織作りを担当。安全衛生委員会の立ち上げや従業員の健康管理から職場の5S点検などに取り組んだ。半年を過ぎる頃には、労務管理や業務改善、人材育成にも関わるように。とにかく、覚えられる業務は一つでも多く覚え、経験を積みたかったのだと。そして、会社の概要を理解した頃、新卒の採用を担当することになったのだという。

「採用に関われたのは嬉しかったですね。入社の頃が新卒採用の時期で、担当者の様子をみていて楽しそうだなと。まさかこんなに早く取り組めるとは思ってなかったのですが、良いチャンスをもらえました。」

前年度の分析から関わり、企画、学生募集、選考、内定出し、その後のフォローと新卒採用の一連の流れを経験。同時に前年度新入社員の研修企画と運営も行い、入社1年を過ぎると、人事のほぼ全ての業務を一通り経験していたという。ただ、H氏は、選考に携わりながらどこか疑問を感じていた。

「採用活動って、自社に必要な人材を探して見極め、口説く。簡単にいうとこういうことだと。でも、自分はこっち(企業)側でなく、あっち(学生)側だよなって。口説くのって得意じゃないんですよ。」

学生向けの合同企業説明会。企業がブースを構えて、学生が関心があるブースを訪問し、1日で複数の企業の話を聴くことができるイベントだ。ある日、自社で出展はしていなかったが、会社近くで開催していたため会場を視察。そこに出会いはあった。

企業ブースの隅に『就職相談コーナー』が設けられており、女性が座っていた。相談に来ている学生もいなかったため、話しかけてみたのだと言う。

「その方は、若年未就労者の支援をされている方でした。驚きの一言でしたね。どんな仕事をしているのかを聞き、こっちらの話をするうちに、一度、事務所を見にこないかとお声がけをいただいて。後日、事務所を訪問したらそこで、高校生向けの就職ガイダンスに、人事経験者として話をしてほしいと提案されたのです。」

二つ返事で承諾した依頼。その会場で出会った別の講師が、その後のH氏の独立のきっかけとなる人物であった。

人事職に就いてあと3ヶ月で丸2年が経とうとする年明け1月。その話が動いた。以前ガイダンスで出会った講師から、仕事の話が来たのだ。

「話をいただいた時は、嬉しい反面、悩みました。その仕事は人事の仕事をしながらでは受けられなかったんです。受けるには、会社を辞めなければならなかった。しかも、3ヶ月から長くても半年。でも、仕事の内容は自分がやりたい事だった。目指している仕事だったんです。」

そう語りながらも、話が来た時点で心は決まっていたとのこと。これまで、様々な仕事を経験し、自分が目指す方向性が見えたH氏。そして、いつか、自分で何かをやりたいと思い描いていた。その想いをやっと実現できるチャンスが目の前にある。断る理由はなかったと。

「上司に事情を説明しました。そしたら、『話し合って止まるなら、一晩でも二晩でもどれだけでも話す。』そう言って送り出してくれました。この言葉があったから、どんなことがあってもやっていくって決めました。そしたら、早速大変だったんですけどね。」

会社を退職し、独立開業の手続きをし、あと1ヶ月で仕事が始まる。。。はずだった。

『申し訳ないけど、事業が受託できなかった。本当に申し訳ない。』

H氏に連絡が入った。もちろん事前に説明は受けていた。そのリスクがあることもわかっていた。それが現実になっただけのこと。

「『そうですか。』としか言えないですよね。途方にくれている暇はなかったです。さあ、どうしようかと。でも、意外となんとかなったんです。不思議ですよね。この時は、本当に人の縁に助けられました。」

独立することを伝えていた勉強仲間から声掛けがあり、仕事が2件決まった。さらに、インターネットで業務委託をできる先を探し契約を取り、3ヶ月が過ぎた頃には、1週間の予定が埋まるほどに。

「とりあえず、3年はどんな仕事も依頼があればやろうと決めていました。時間が短くても、単価が安くても、時間の都合がつけば受けるって。自分から売り込みってやったことがないんです。強いて言えば、最初に契約先をネットで探して応募したくらいですね。それ以降は、全て紹介で仕事が広がりました。ありがたいですよね。」

とにかく真摯に仕事に向かう。依頼された仕事に対して、求められた以上のことを提供できるよう、研鑽を積み、現状維持は望まず、新しいことを考え、実行する。そのため、上手くいかないことも多いとか。

「同じことをやっていると飽きちゃうんです。特に研修は、その都度相手の要望に合わせて考えて組み立てます。だから、資料の準備とか、毎回作り直すので時間はかかるんですよね。それでも、好きなんです。考えることが。どうすれば、みなさんの学びが多くなるか、楽しめるかって。最近は、アイデアの引き出しもだいぶ増えて来たので、より楽しくなって来ましたね。」

その後も着実に仕事は増えた。独立して6年目。現在は、中学生から高齢者まで、個別相談や研修の仕事を行なっている。大学では授業を持ち、キャリア教育の企画にも携わっている。新たにキャリアコンサルタントを育成する仕事も手がけるようになった。

仕事は広がる。目指す方向性があれば、自分が行動を起こせば、やると決めたら。そして、人のつながりを大切にすれば。